小売や飲食のチェーンの場合、企業全体としての売上成長率を考えるほかに、既存店売上の状況についても着目する必要があります。新店を出店すれば売上が増えるのは当然で、既存店が伸びているかどうかの方が、よりチェーンの実態を示していると言えるからです。
チェーン企業でなくても、新製品を投入しなければ売上が稼げないとなると、問題です。成長のためには、定番として確立した柱商品を増やしていくことが不可欠だからです。
商品だけでなく、顧客との付き合い方についても同様でしょう。コストのかかる新規顧客開拓も大切ですが、既存顧客が得意客(リピーター)となり、客単価が上がっていくような仕組みができていないと、企業としての成長は難しくなります。
一方、新商品を投入しなくても、売り方を新しくすれば、ある程度、勢いを取り戻すことが可能です。ビジネスは商品・顧客・売り方の3要素の掛け算ですから、そのうちのどれかを新しくすれば、効果は現れます。
8月27日付けの日経産業新聞に、「スズキが主力軽乗用車『アルト』の広告で新機軸を打ち出している」という記事が掲載されています。最近はハイブリッド車への注目が集まっていますが、軽自動車もまた、「小回りが利いて低燃費」という点では、エコカーの仲間です。
記事によれば、アルトの「特別仕様車の価格は714,000円」と、手頃な水準です。1979年のデビュー当時、「47万円」という価格に驚かされた憶えがありますが、71万円でも、十分に安いと言えます。
燃費について言えば、「現行車で1リットルあたり最高24キロメートル」と、「ガソリン車では最高水準」だそうです。スズキの幹部によれば、「信号待ちが多い街乗り時なので測定する実用燃費なら、ハイブリッド車に劣らない」ほどです。
“新機軸”としての広告の打ち出し方は、具体的には「そんな賢い女性が選ぶクルマこそ、アルト」というものです。CMには女流棋聖を起用し、「流行やブランドに左右されず、毎日の生活に必要なものをきっちり選ぶ」というイメージを打ち出します。
従来から、安さや燃費の良さを訴求してきましたが、それでは「今や訴求効果がない」との判断です。しかも、「基本性能は2004年9月に打ち出した6代目の現行車と変わりはない」。
だから、「賢い選択」を打ち出すわけです。商品そのものに大きな変化がないのなら、訴求ポイントを新たにすることで、商品の魅力を蘇らせようというわけです。
訴求ポイントを新たにすると言っても、安さ・小ささ・燃費の良さといったもののほかに、何を訴求したらよいのか、普通なら困ってしまうところでしょう。安全性能や環境性能を高める努力をしてきたようだが、失礼ながら、所詮は軽自動車です。
「賢い選択」というコンセプトは、安さ・小ささ・燃費の良さといった、従来の訴求ポイントを、視点を変えて言い換えたものに過ぎません。つまり正確には、新たな訴求ポイントをみつけたのではなく、新たな訴求の“表現”を採用したということになります。
安さ・小ささ・燃費の良さを訴求すれば、正直なところ、倹約や節約といったイメージが浮かび、ともすれば、貧乏くさい印象すら生まれ得ます。しかしそれを「賢い選択」と言い換えると、記事の表現を使えば、「自尊心をくすぐる」効果が生まれます。
考えてみれば、商品の訴求ポイントは、開発の段階から組み込まれているもので、そう簡単に変更することはできにくいでしょう。ですが、訴求の表現の仕方を変えてみることならば、可能なのですね。
【今日の教訓】
あなたの企業では、自社の商品・サービスを、どのように訴求しているだろうか。新たな販促を考えるなら、訴求の仕方を変えてみることも一策だ。訴求ポイントを変えることができなければ、訴求の表現の仕方を、より魅力的なものに変えることを考えてみよう。
<参考:日経産業新聞 2009.08.27【7面】>